品種としての堂脇早生は針原地区が発祥の地ですが、1997年に起こった針原地区土石流災害で、このミカンを生み出した堂脇さんの息子さんもお亡くなりになるなど、大規模な災害のため、堂脇早生をお作りになる農家さんも減りました。
堂脇みかんは、普通のミカンと比べると小粒で、丸っこい姿です。ミカンとしては決して美しい姿ではありません。農家さんなら分かって頂けると思いますが、農作物は流通時点で価格が決まりますから、外見が劣るというだけで、農家手取価格は極端に下がってしまいます。
じつは木場さんたちの堂脇みかんも外見という基準だけで苦しい農業経営を強いられてきました。もともと木場さんのお父さんが堂脇みかんの栽培を始めて、ご兄弟が後を継いだのですが「こんな姿じゃ、お金にならん」と農家仲間からも言われ、市場関係者からも言われたそうです。実際、お金にならなかったそうです。
お父さんがお亡くなりになった後、このままではやっていけないという危機感を持ちながらも「親父が信じた美味しさを兄弟で守りたい」という一心で、栽培されてきました。